
前回の記事「追い詰められた自己肯定感」では、第2象限の存在否定が第3象限の自己否定につながっていくことをお伝えしました。(下図矢印参照)
この記事では、自己肯定感の4番目の類型である第4象限について考えます。
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偽りの自分 ー 自己肯定感の第4象限
自己肯定感の第4象限は4つの類型のうち右下に位置する、自己否定アリ・存在否定ナシの状態です。(上図の赤枠で囲んだ部分)
これは「自分が自分であって大丈夫」と思えているのに「あるがままの自分を受け入れることができない」、という一見矛盾する組み合わせです。しかし、自己否定と存在否定の組み合わせからはこの類型が存在することが理論的に導き出されますし、実際にこの類型にあてはまると思われる人は多くいます。
ただし、この象限は理論的に考えると非常に複雑になります。この記事では実用に資するため「偽りの自分」のメカニズムに絞って解説します。
偽りの自分
第1象限から第2象限へ移行する過程で、私たちは存在否定(受け入れてもらえない・居場所がない)を経験します。
しかし多くの場合、存在否定は一夜にして起こるのではなく、いくつもの出来事(とその解釈)によって行きつ戻りつ、時間をかけて自分のなかに定着します。
その過程で私たちの多くは「受け入れてもらおう」「居場所をつくろう」という努力をし我慢もします。そして時によっては「受け入れられている」と感じることに成功します。それは私たちが人との交流の仕方を学び成長する自然なプロセスです。
しかし、努力と我慢が過ぎれば、それは「自分ではない誰か」になろうという努力や我慢であり、偽りの自分(アイデンティティ・クライシス)が生まれます。そして偽りの自分を生きれば自分を嫌いになり、自己否定が生まれます。
つまり第4象限は、存在受容を保とうと努力し我慢する過程で、存在受容を保ちつつも自己否定が発動している状態なのです。

第3象限との違い
ここで第2象限から第3象限への移行との違いを確認しておきましょう。
第2象限で存在を否定されて、その毒に同調して自己否定してしまうのが第3象限です。
第1象限と第2象限のはざまで、自分の居場所をつくりながらも、自ら偽りの自分を演じて自己否定につながるのが第4象限への移行です。

意識の一次元と二次元
先に述べたように、この第4象限にとどまっている人は沢山います。
そしてそれは今の時代の特徴であるともいえます。
これまでの時代、物質的にまだ豊かでなかった時代には、人々は生き残ることに意識を向けていました。(それを私たちは「意識の夜明け」で意識の一次元と表現しました。)
そしてその時代には、自分らしさは二の次であり「偽りの自分」に気づくこともありませんでした。
しかし、物質的に豊かになれば、人々にとって「生き残り」はテーマではなくなり「自分らしく生きる」ことに意識を向けるようになります。(それを私たちは「意識の夜明け」で意識の第二次元と表現しました。)
現代社会はその一次元と二次元のはざまで揺れ動いている人が沢山いるのです。物質的に豊かなのになぜ自分はまだ「存在受容」のために我慢と努力を強いられているのか?なぜ「あるがままの自分」でいられないのか?と悶々としているのです。

理論的補足
この象限での「存在受容」(つまり「自分が自分であって大丈夫」)を理解するためには、存在受容・存在否定について次の3点を確認する必要があります。
1.「自分が自分であって大丈夫」(つまり「人に受け入れられる=存在受容」)は自身の生存可能性に関わる、私たちにとってきわめて重大な関心事である
2.「自分が自分であって大丈夫」は客観的事実よりも、自分の主観の働きによって立つ
3.私たちの成長や心の働きは常に変動するダイナミックなプロセスであり、また白黒つけられないあいまいな領域が多く存在する
そしてさらに、自己肯定感のもう一つの要素である自己受容(または反対の自己否定)との違いも大切になります。自己受容では「受け入れる」のは「あるがままの自分」と特定しており、それがとても大切なポイントとなります。
しかし、存在否定(または存在受容)では「あるがままの自分」で大丈夫なのではなく単に「自分であって」大丈夫であり、少し幅があるイメージです。
存在受容は幅広く、自己受容は限定的
そして「偽りの自分」メカニズムを理解するためには、この些細な違いを発展させて考えます。
より具体的に説明しましょう。例えば「頑張っている自分」や「我慢している自分」です。
「人や社会に受け入れてもらう」ために頑張ったり我慢したりしている人は多くいます。頑張れることも我慢できることも自分の一面(長所)だと考えれば、それで「自分が自分であって大丈夫」は成り立ちます。もちろん、学業や仕事や人間関係等で成果を挙げ、自分の居場所を確保することは望ましいことです。
(自己肯定感の勘違いで解説している「一時的な自己肯定感」「借り物の自己肯定感」「幻の自己肯定感」も参照)
しかしその頑張りや我慢が過度になると話が変わってきます。次第に自分らしさが失われ、やがてそこには「自分でない誰か」になろうとしている自分が現れ「自分が自分であって大丈夫」が成り立たなくなります。
そしてそのプロセスで存在否定の状態に至る前に、すでに自己否定は始まっています。なぜなら自己否定(または自己受容)は「あるがままの自分」との限定があり、存在否定(または存在受容)は逆に幅広いからです。
簡単なまとめ
私たちはなんとか自分の居場所を作ろうと立ち回ります。
その努力・我慢のなかで偽りの自分を生きてしまい、自己アイデンティティを失うのが第4象限です。
現代社会の中ではこの状態の人がとても多いのが現実です。
ことわりがき
他の記事でもお伝えしていますが、ここで説明していることは自己肯定感という概念やそのメカニズムを理解し自己肯定感を育むためにわかりやすくモデル化したものです。
人は一人一人違いますから、カウンセリングを行うにあたってはこのモデルを過信せず、個別の事情に応じて丁寧に行ってください。